いきなり、寒くなってきました。

先週あたりから、風邪の患者さんも増えてきました。

私自身は、カラダは元気なんですが「喉」をやられてしまい、この1週間は声があまり出せない状況でした。

患者さまにはご迷惑をおかけいたしました。

さて、今回のお題は「謎の腹痛・背部痛」です。

ある患者さんの一連のエピソードから、教科書からは学べない貴重な体験をしましたので、ブログに記録しておきます。

患者さんは、60歳代の女性。
高血圧、糖尿病で当院に通院中です。
プラセンタ注射も週に1回うけに来られています。

数年前から、肩こり、背中の痛み、重みに悩まされていて、マッサージを受けたりしましたが、全く変わることなく困ってらっしゃいました。

血圧はときどき高くなるものの、普段はお薬で良好にコントロールされており、直接原因とは考えられませんでした。

糖尿病もまずまずのコントロールなので大きな問題ではありません。

1年ほど前からプラセンタ注射は効かないだろうか?とのことで当院で受けるようになりましたが、現在まであまり効果を実感できない状態でした。

彼女は、お孫さんの面倒をみたり、病弱な母の世話をしたりと、常に忙しく、常に身内の心配をしているような方でしたので、「疲労と心労がたまっているのかな?」と単純に思っていたのです。

いろいろと漢方薬を試してみましたが、これまた効果がありません。

ところが、最近になっておかしなエピソードがおこるようになったのです。

「夜になると、みぞおちのあたりが無茶苦茶痛くなって、そこから左の横っ腹に痛みが広がり、さらに左の腰と背中にまわってくる。」

「1年前にも1回あったが、数か月ぶりにおこった。」

「先日は、あまりにも左の腰が痛いので、夜中に市民病院の救急外来にいったが、『(腰の痛みなので)尿路結石の疑いがあります。鎮痛剤を使用して、痛みを止めてください』と言われた。」

市民病院の救急での対応は、早朝だったせいか(もっとも当直医がつかれて、やる気がない時間帯です!)、あまり詳細な検査もせず、レントゲン1枚でおわり、座薬を処方されて帰宅させられたようです。

このエピソードを聞いたときは、「うーん、尿路結石なのかなぁ・・・・」と思っていましたが、なんとなく腑に落ちない・・・・

確かに、尿路結石は腰のあたりが痛くなりますし、激痛です。

ただし、「みぞおちの痛み」が気になりました。

私は救急外来での勤務経験は数多いほうなので、尿路結石の患者さんは日常的にみてきましたが、「みぞおちの痛み」を訴える方はいなかった印象があります。

「胃潰瘍なども可能性として、考えないと・・・」と思いましたが、強力な制酸剤はすでに内服していましたし、仮に胃潰瘍だったとしても、痛みの感じが違います。(実際、今年になって胃カメラでの異常は見つかっていませんでした)

8月以降、そういったエピソードが2回あり、だんだんと痛みの程度が強くなっているようでした。

痛みが起こるのが決まって夜の11時ごろなので、救急外来に行くのですが、いつも精査なく鎮痛剤のみで終わります。

私の外来にくるときには、もちろん痛みは消失しているので、エピソードから推測してみるしかないのですが、あまりにも症状が激烈なので「気のせい」とも思えません。

とりあえず、精査のため市民病院でCTを予約しました。

そして、今週の月曜日に結果がFAXされてきました。

結果は、「痛みの部位に、原因となる異常所見なし」、でした。

患者さんにそのまま説明しましたが、これでは問題解決になっていません。

頭をひねりましたが、妙案が浮かばないので、仕方なく「当帰湯」と呼ばれる原因不明の腹痛・背部痛に使うことのある漢方薬を処方して経過をみることにしました。

ところがです。

その当帰湯を処方した、まさにその夜におなじ発作が彼女を襲いました。

今度は、過去に経験したことがないくらいの激痛でした。

それでも彼女は、座薬を使って数時間は様子をみていましたが、一向に痛みは軽減しませんでした。

また鎮痛剤をもらって帰るだけなら、救急外来にいっても仕方ないとは思ったようですが、あまりにも激烈な痛みのなので、どうにかして痛みを止めてもらいたいとの一心で、市民病院に駆け込んだようです。

今回の当直医は、さすがに「これは、尿路結石ではない。精密検査入院必要!」と思ってくれたようで、そのまま入院となりました。

入院されたことは、当日ご主人がわざわざ当クリニックに報告に来てくださって知りました。
その時にご主人がいうには、「先生、妻の病気、『胆石発作と胆嚢炎』らしいよ」とのこと。

「ええっ、胆石が原因っ!」

正直、びっくりしました。

胆のうの中にできた「胆石」が胆のうの入り口をふさいでしまい、内部で細菌が増えて炎症をおこし、胆のうがパンパンに腫れる「胆のう炎」にまで進展することがあります。

胆のうは肝臓の裏側にブラリとぶら下がっているような臓器ですから、そこにトラブルがおこると通常はおなかの「右側」に痛み感じます。

診断する際にも、肝臓側つまり右の横っ腹をドンドン叩いて、痛みを感じるかどうかを確かめます。

みぞおちに痛みを感じることは多いのですが、胆のうから反対の位置である「腹部の左側から背中の左側」に痛みの最強点がある例は、私自身は経験がありませんでした。

ただし、痛みには「放散痛」というものがあり、実際の原因となっている部位から離れたところにまで痛みを感じることがあります。
ことに「内臓の痛み」には、この「放散痛」が見られることもあります。
(胃の痛みなのに背中が痛くなる、というのもその一例)

今回のケースは、「胆石発作」なのに、一番痛いところは部位的に真逆の「左の背中・腰」であったのです。

そのため診察した当直医は、「ああ、背中と腰あたりなので、腎臓の痛みだから、尿路結石でしょう」と結論付けたのでしょう。

尿の検査はしたようでうが、腹部エコーまではしなかったので、胆のうまで目が届かなかったでしょう。

痛みのある背中しか触ってなかった可能性も高いと思います。

精査のCTを読影した放射線科医から頂いた、「痛みの部位には異常なし」のコメントも嘘ではありませんが、問題の核心まではとらえられていなかったのです。

確かに、痛みのないときにとった腹部CT(上の写真の下の画像)では、4センチぐらいはあろうかと思われる大きな胆石が映っています。

痛みの場所から考えて、胆石発作とはイメージできなくて、「この胆石が悪さをおこしているはずがない」と、私も安易に思い込んでいました。

入院している彼女のもとにお見舞いに行った際に、このCT画像をとらせていただきました。

彼女の胆のうには、体外からチューブが挿入して内容物を排出するドレナージ処置がとられていました。

彼女が言うには、「このチューブを入れるときは、麻酔の効きが悪くて無茶苦茶痛かったけど、入れてからは楽です。おまけに、いままで悩んでいた肩のコリやなんとも言えない背中の重みがきれいになくなっています」

「えええっ!?」

不思議なことがまた一つ増えました。

長年患っていた症状が、胆のうドレナージをすることによって改善されたということなのでしょうか?

人間の体は不思議です。

医学部で6年間学び、医師になって20年間臨床を経験しても、まだ理解不能な不思議な現象に出会います。

教科書に書いてあることは、極めて「典型的」なことであって、「非典型的」なことも必ず起きる、ということでしょう。

非典型的なことが起きたとき、思い込みを捨てて「あれ?おかしいな?」と立ち止まり、あらゆる可能性を考えみる姿勢が臨床医には必要です。

マニュアルチャートどおりに診断を進めていくだけでは、決してたどり着くことのない正解への道筋があります。

正解に近づくために必要なのは、職人としての「感性」なのかもしれません。

医学は「サイエンス」、医療は「アート」ですね。

私も、まだまだ日々修行して、感性を磨かなければなりません。

老化なんてしてられないぞっ!!

 

医療法人癒美会